2月例会「自己点検」
2021年 02月 27日
2月例会は、昨年12月に終了したパセージを受講された方が参加してくだいました。
パセージ終了後、テキストに戻って考えてもわからないこともあるかと思います。
アドラー心理学は1人では学べないので、例会で一緒に学べることをとても嬉しく思いました。
パセージ終了後、テキストに戻って考えてもわからないこともあるかと思います。
アドラー心理学は1人では学べないので、例会で一緒に学べることをとても嬉しく思いました。
冒頭で、前回の学びを話し合っていたとき、Aさんが、お母さんとの会話で気になったことを話されました。
母がキッチンで夕食の準備をしている
私:毎日、大変じゃない?
母:別に
私:こんなふうに毎日作ってもらえてありがたいわ
もう、主婦歴は何年なん?
母:25からしとるし、60年くらいかな
私:すごいね
母:そんなこともないよ。みんな美味しいって言ってくれて嬉しい
こんな年になるまで作れると思わんかった。体、動かせて嬉しい
母:別に
私:こんなふうに毎日作ってもらえてありがたいわ
もう、主婦歴は何年なん?
母:25からしとるし、60年くらいかな
私:すごいね
母:そんなこともないよ。みんな美味しいって言ってくれて嬉しい
こんな年になるまで作れると思わんかった。体、動かせて嬉しい
お母さんと話しているときは、いい話ができたと思っていたそうですが、後になって、私のために会話をしたのではないか、相手を上手くその気にさせて、自分のために作ってもらおうとしていたのではないかと思ったそうです。
そこで、テキストに戻って、役に立ちそうなページをみんなで考えてみました。
〇パセージ・プラス 26R
メンバー:お母さんにどんなことを願っていたのですか?
Aさん :元気で健康で長生きをしてくれたら嬉しいと思っていた
・協力的な目標に向かって行動しているので、お母さんは愛情を感じておられたのではないか
メンバー:お母さんにどんなことを願っていたのですか?
Aさん :元気で健康で長生きをしてくれたら嬉しいと思っていた
・協力的な目標に向かって行動しているので、お母さんは愛情を感じておられたのではないか
〇パセージ 38R
・わがままのままで他の人の役に立つ。お母さんは料理ができるし、娘さんはその間、仕事などしたいことができる。共存共栄している
・わがままのままで他の人の役に立つ。お母さんは料理ができるし、娘さんはその間、仕事などしたいことができる。共存共栄している
〇パセージ 25L
メンバー:不安の感情は何を目的にしているのか?
Aさん :私はちゃんと学んでいるのかと思った。どこで点検したらいいのかと思った
メンバー:不安の感情は何を目的にしているのか?
Aさん :私はちゃんと学んでいるのかと思った。どこで点検したらいいのかと思った
〇パセージ 14R
・本当は自分のためなのではないかと、自己欺瞞を点検している
自己欺瞞に引っかかって、点検するのは大切なこと
〇パセージ 1L
・お母さんは能力がある、娘は仲間だと感じられたのではないか。行動面の目標にも心理面の目標にも向かっている
・高齢の方はプライドが大切
・本当は自分のためなのではないかと、自己欺瞞を点検している
自己欺瞞に引っかかって、点検するのは大切なこと
〇パセージ 1L
・お母さんは能力がある、娘は仲間だと感じられたのではないか。行動面の目標にも心理面の目標にも向かっている
・高齢の方はプライドが大切
〇パセージ・プラス 2R
・グッド・イナフ・マザーならぬ、グッド・イナフ・ドーター 「そこそこの娘」「それなりの娘」「悪くない娘」でいい。完璧な娘になれなくていい
・グッド・イナフ・マザーならぬ、グッド・イナフ・ドーター 「そこそこの娘」「それなりの娘」「悪くない娘」でいい。完璧な娘になれなくていい
〇パセージ・プラス 23R
アドラー心理学はお稽古ごと。お稽古が上達する段階がある
1)無意識的下手、2)意識的下手、3)意識的上手、4)無意識的上手
・一足飛びに上手になれないから、「今日は今日の名人」と思って楽しむ
アドラー心理学はお稽古ごと。お稽古が上達する段階がある
1)無意識的下手、2)意識的下手、3)意識的上手、4)無意識的上手
・一足飛びに上手になれないから、「今日は今日の名人」と思って楽しむ
Aさんは、これらの意見を聞かれて、「これはわたしにとってどうなんだろう?と、自己執着だったんかなあ。私の不安よりも母にとってどうなんだろうと、そっちを考えていかんなんなと思った」と話されました。
後日談ですが、Aさんは、野田ライブラリ2月号の『なぜスピリチュアリティか』を聞かれて、“私は大丈夫だろうか?アドラー心理学を悪用して、相手にさせていないか?“と不安になったそうです。「自分が変な方に進んでいないか点検することが大切なのだと思った。そのときに、自分にとってどうなのかよりも、今話している相手や周囲の人々にとってどういうことなのかを考えるということが大切なのだと思った」と、学んだことを整理されていました。
自分はアドラー心理学を実践していると過信するのではなく、立ち止まって、“これでいいのかな?”と点検することで、協力的な方向へ進んでいけるのだと思います。
集いの場は、自分を点検できる場でもあり、学びの場でもあり、充電する場でもあると思います。ある方が、「ここに来て元気をもらって帰るから、頑張ろうって思う」と言っておられました。集いの場の大切さをあらためて感じました。
by alfred2017
| 2021-02-27 13:51